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リスボンと美しい町々を訪ねる 後半

花 ロカ岬(北緯38度47分・東経9度30分 ユーラシア大陸の最西端)


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※最西端の地到達の証明書


ポルトガルで最も知られた詩人であるルイス・デ・カモンエスが「ウズ・ルジアダス」の中で詠んだ一節 “ここに地果て、海始まる”。この詩は岬に立つ十字架の塔に刻まれている。

岬は険しく切り立った断崖になっている。岬突端は140m下にあり、足がすくむほどです。大波

辺りは荒涼とした野原ですが、季節の草花が生い茂る自然の姿が見れます。クローバー

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19世紀前半頃にアフリカやアラブ、ブラジルなどの音楽にも影響されながらリスボンで自然発生的に生まれた大衆音楽です。譜面 ギターラというポルトガル独特の丸い形をした12弦ギターとヴィオーラと呼ばれる普通のギターの伴奏が付きます。

2004年12月31日の大晦日はファドの夕べでした。

夜になると電灯の明かりが石畳に反射して、とてもロマンティックな通り沿いにあるお店での夕べです。 バラ

郷愁の想いなどを切々と歌い上げるファドの歌声を聴きながら、美味しいポルトガル料理とワイン グラス、ビール ジョッキ をいただき、話に花が咲き、盛り上がったのは23時過ぎから皆で輪になって踊りまくりました。ウインク 音符 こんなに大勢で大晦日が盛り上がったのは、パリのシャンゼリゼ通りでの大騒ぎした夜以来でした。 ラブ 乾杯 ドキドキ大

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花 アルファマ地区


サン・ジョルジェ城を中心に広がる地区。リスボン大震災の被害を免れたことで迷路のような路地、急な坂道など、リスボンで最も古い町並みを残しています。

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<カテドラル>

ポルトガルの初代国王であるアフォンソ・エンリケスが12世紀にイスラム勢力からリスボンを奪回した後に建てた教会。その後は砦として利用され続けました。リスボン大震災でも壊れることがなかった堅固なものです。内部にはバロック様式の回廊や14世紀ゴシック式のバラ窓が美しい聖堂など、様々な時代の装飾が見られます。

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サン・ジョルジェ城

数々の民族に支配された歴史をもつリスボンを象徴する城。時代の変還とともに城主を代え、政治の中心的役割を果たしてきました。

現存する城壁は、ムーア人のモスクの特徴をよく残しています。現在は市内随一の眺めを誇る城址公園となっています。

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リスボンからバスで90分、町全体が南北に広がるブドウ畑の丘の上にあり、花に彩られた白壁の美しい町並みは「谷間の真珠」と呼ばれています。

町の南にある城門(ポルタ・ダ・ヴィラ)が町への入り口。町の中に入る城門は全部で6カ所あり、このポルタ・ダ・ヴィラが最も美しく、アーチ型の門の内側のドームを見上げた部分は18世紀のアズレージョで装飾され、オラトリオ小教会になっています。

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門から町なかに延びる道は、2本ありますが、左側の道が町のメインストリート・ディレイタ通り。道路沿いにはレストランやショップが並bでいます。200m行くとサンタ・マリア広場があり、広場を囲むようにサンタ・マリア教会や市立博物館、郵便局などがあります。

オビドスが最高でユニークなのは、建て替えが不可能で再生することが出来ず、類似するものが存在しないということです。クローバー

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花 リスボンの街のエレベータとケーブルカー


7つの丘の街といわれるリスボン市内には狭い坂道が多く、小さな市電がアップダウンを繰り返す狭い道を通っています。

市街地で市電が登れない3カ所の急な坂道にはケーブルカーがあり、町のランドマークとなっている巨大な灰色の鉄塔はシアードに通じるエレベーターです。

ケーブルカーは3路線ありますが、狭い道を抜ける黄色の車輌がビカのケーブルカーです。両側は歩けるようになっていますが、急勾配で大変そうです。汗

乗ればあっという間の距離です。ウインク 電車

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